町政情報

竹富町の沿革1

竹富町の沿革 ※1913年~1925年

内容
1913年(大正2年) ・八重山村より分村に関する申請書を沖縄県知事に提出。
1914年(大正3年)

・2月、県令をもって八重山村は石垣、大浜、竹富、与那国の4ヶ所に分村布達された。

・同年4月1日竹富404番地において竹富村の行政執行を開始(当時の総戸数1,057戸、人口5,662人で竹富・黒島・小浜・新城・西表・鳩間・波照間の7ヶ所に行政区画、職員5名)。

1916年(大正5年)

・黒島口、黒島住民によって閉削。

・古見、崎山が西表字より区画され区長制度を設けて村制の補助機関とした(第1次世界大戦ぼっ発)。

1917年(大正6年)

・八重山マラリア撲滅期成会設立。

・先島新聞創刊(新聞の始め)。

1919年(大正8年) ・第1次世界大戦終わる。
1920年(大正9年)

・特別町村制による特例撤廃、普通町村制適用。

・11月8日、村役場の庁舎落成並びに自治執行記念式典。

・南風見村廃村。

1925年(大正14年) ・石垣島に村役場出張所を設ける。
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